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札幌高等裁判所 昭和31年(ネ)327号 判決

控訴人(昭和三一年(ネ)第三二七号)・被控訴人(昭和三一年(ネ)第三五三号) 原告 三和産業株式会社代表取締役 井上末蔵

訴訟代理人 百瀬武利

被控訴人(昭和三一年(ネ)第三二七号)・控訴人(昭和三一年(ネ)第三五三号) 被告 国 代表者法務大臣 愛知揆一

指定代理人 林倫正 外一名

補助参加人 森隆三

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告(以下、被告という。)は第一審原告(以下、原告という。)に対し、二十六万二千三百二十一円及びこれに対する昭和二八年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

二  被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告との間に生じた分は第一、二審とも被告の負担とし、参加によつて生じた分は原告の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は、「原判決中原告敗訴部分を取り消す。被告は原告に対し五十一万三千三百二十一円及びこれに対する昭和二八年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」旨の判決を求め、

被告指定代理人は、「原判決中被告敗訴部分を取り消す。原告の請求中被告敗訴部分を棄却する。原告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

二  当審において、原告訴訟代理人は、「原判決事実欄記載の請求原因事実「二」のうち「札幌市白石三条一丁目同人方」とあるのを「札幌市白石三丁目同人方及び同人宅と隣家の前の道路上」と、同「三の2」のうち「執行吏森隆三に提出され」とあるのを「執行吏釣部義雄に提出され」とそれぞれ訂正する、と述べ、

被告指定代理人は、右各訂正にかかる事実はいずれも認めると述べ、

補助参加人は、「(一) 強制執行を停止する場合には、停止すべき執行事件の係属する執行吏に停止決定の正本を提出してその執行の停止を求むべきである。森執行吏の執行に対しては停止決定がなされていないのであるから、同執行吏に停止決定が提出されるいわれはない。また、釣部執行吏の執行について停止決定がなされ、その正本が同執行吏に提出されていたとしても、森執行吏は釣部執行吏の執行についてはなんらの関係なく、釣部執行吏の執行事件が係属していることも全くわからなかつたのであるから、停止決定のあることを知らなかつたのは当然である。したがつて、二重差押の不当を前提とする原告の主張は理由がない。(二) 動産に対する強制執行は現金、有価証券を差し押えてなお足りない場合に屋外の物に及ぶのが原則である、との原告の法律上の見解は争う。執行吏が有体動産を差し押える場合に、その選択については債権者の利益を害しない限りにおいて債務者の利益を考慮しなければならない。本件石炭の差押については債権者もこれを希望し、債務者も異議を述べなかつただけでなくこれを希望した。しかも、債務者において競売期日までの期間短縮に同意し、かつ、競売期日に立ち会つているのであるから、本件石炭に対する森執行吏の代理村津泰志の執行になんらの違法もない。(三) 本件のように大量の石炭を差し押える場合、現実に一々秤量するとすれば相当の時間を要し、執行を迅速に遂行することは事実上困難となる。かような場合には、執行吏は当事者双方の陳述をしんしやくし、目測によつて数量を決定して執行するのが慣例である。本件においても、差押の時に債権者及び債務者からなんらの異議がなかつたので、村津執行吏代理は右慣例に従い目測で八〇トンとしたのである。数量の決定について同人に故意も過失もない。(四) 競売の日時、場所は当該執行事件の債権者、債務者及び執行力ある正本によつて配当を要求する債権者に通知すれば足り、当該執行事件に現れていない原告や訴外松田文雄などに通知する必要はないのである。競売の日時、場所の通知に関しても村津執行吏代理に故意、過失はない。」と述べ、

原告訴訟代理人において、当審証人斎藤茂見の証言及び当審における原告会社代表者井上末蔵本人尋問の結果を援用した。以上のほか、各当事者の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用並びに認否は、すべて原判決事実欄の記載と同一であるからここにこれを引用する。

理由

(当事者間に争いのない事実)

一  (一) 札幌地方裁判所所属執行吏釣部義雄が訴外田中操の委任を受け、同人の訴外和田文雄に対する債権の強制執行として、昭和二七年九月二日、札幌市白石川岸三丁目八番地右炭土場約百坪において芦別産石炭切込粉炭一一七トンを差し押え、右石炭全部を札幌市白石三条一丁目の田中操方及び同人宅と隣家前道路上に運搬し、田中操に保管させたこと、

(二) 原告が昭和二七年九月八日、右強制執行の債権者田中操を相手方として札幌地方裁判所に第三者異議の訴を提起し、同時に強制執行停止決定を申請したところ、翌九日執行停止決定があり、即日右執行が一時停止されたこと、その後、昭和二七年一二月一〇日、右第三者異議事件につき原告勝訴の判決があり、同判決がその頃確定したこと、

(三) 一方、訴外常盤勧業株式会社(以下、常盤勧業という。)は前記田中操を債務者とする債権の強制執行を札幌地方裁判所所属執行吏森隆三に委任し、その執行吏代理村津泰志は、昭和二七年九月一三日、前記田中操方において本件石炭を更に差し押え、これを債務者である田中操に保管させ、一旦、その競売期日を同月二二日と指定したがこれを繰り上げて同月一五日に変更し、同日、現場において右石炭を競売に付したこと及び常盤勧業が右石炭を十万円で競落したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(原告の石炭所有権喪失と損害の発生)

二 しかして、本件石炭の所有権者が原告であつたこと及び原告がその全所有権を喪失し、喪失時における時価相当額の損害を蒙つたことについては、被告は口頭弁論においてこれを争つていないし、弁論の全趣旨によつても被告がこれを争つたとは認められないから、右各事実は被告において自白したものとみなさるべきである、(所有権喪失の原因について、原告は、常盤勧業が競落したことによつて直ちに所有権を喪失したごとくに主張し、これに対して被告は、常盤勧業がさらに第三者に売却し、その第三者の即時取得によると主張するもののごとくであるが、被告の右主張も原告の本件石炭所有権喪失自体を争うものとは認められない。)。

(釣部執行吏の過失について)

三 (一) 原告は、原告が本件石炭所有権を喪失して喪失時における時価相当の損害を蒙つたのは執行吏釣部義雄及び執行吏森隆三の代理村津泰志の各故意又は過失による行為を原因とすると主張するので、まず釣部執行吏の行為について判断するに、

(二)釣部執行吏が故意に原告の本件石炭所有権を侵害したとの事実は、これを認めるに足る証拠がない。しかしながら、本件において認定しうる事実関係においては、同執行吏の行為には過失のあつたことを肯認しなければならない。すなわち

(三) およそ執行吏が有体動産を差し押えるには、執行吏自ら差押にかかる有体動産を支配し、保管するのが原則である。例外的に執行吏が債務者又は債権者もしくは第三者の保管に任すべき場合としては民事訴訟法第五六六条及び第五六七条にその定めがある。しかし、右法条に定める場合を除いては、執行吏は適宜債務者又は債権者もしくは第三者の保管に任せてはならないというものではない。執行吏は、差押物件の性質に従い、執行吏自身その差押物件を保管するための適当な保管場所等をもたない場合に、債務者又は債権者もしくは第三者に保管させる方が、より適当であり、必要であるときは、民事訴訟法第五七一条にいわゆる特別の処分としてこれらの者に保管させることができるものと解すべきである。(昭和二八年一二月五日最高裁判所規則第二五号、昭和二九年一月一日施行の執行史執行等手続規則第三〇条第一項も、間接に右の趣旨を表わしているといえよう。)しかし、執行吏が右の場合に債務者又は債権者もしくは第三者に差押有体動産の保管を任せるにしてもそれは執行吏自らがする差押のための占有の一手段、換言すれば有体動産の差押執行のためにする事実上の支配の一手段であるから、上叙の者の保管方法も、当該動産の亡失あるいは当該動産の損耗による価格の減少等によつて執行債権者又は執行債務者はもとより、利害関係ある第三者(差押動産の真の所有者を含むことはいうまでもない。)に損害を与えず、かつ、執行吏のする執行に支障を生ぜしめない方法でなければならない。したがつて、執行吏が自己の裁量において債務者又は債権者もしくは第三者に差押有体動産の保管を任せる場合には、執行吏は、保管者の信頼性、弁償能力の有無、保管場所の適否を調査する注意義務があるばかりでなく、保管者のする保管方法に任せ切ることなく、執行吏の差押にかかることを明白にし、常時看守するかあるいは異常あるときは直ちに報告することを保管者に命じ、執行終了に至るまでは差押物件について継続的に保管者以外の者の勢力を排除するようにする注意義務があるといわなければならない。

(四) しかるに、前記当事者間に争いのない事実に、成立について争いのない甲第一号証、原審における検証の結果並びに原審証人斎藤茂見、田中操、村津泰志、釣部義雄の各証言を綜合すれば、釣部執行吏が債権者田中操の委任を受けて前記石炭土場において原告所有の石炭一一七トンを差し押えたところ、債権者田中操は右土場で保管すると盗炭のおそれがあるから債権者方において保管したいと申し出で、同執行吏も右土場は道路ぎわでもあり盗炭のおそれがあると認めたので、債権者田中操方において同人に保管させることにしたが、その際、田中操とはもと小学校の教員や産婆をしていたことがある者という程度のことを知つていただけで足れりとし、それ以上に同人の信頼性、弁償能力の有無について調査することなく、また、盗炭されるおそれがあるために保管替したといいながら、前記石炭土場から運搬した先は、人通りの少くもない幅員約八メートルの、田中操宅及びその隣家前の道路上と田中操宅から南え約二四メートル、東え約一〇メートルの距離にあつた空家であつて、盗炭を防止し、執行吏自らの支配を確実にするための囲いをする等の措置を構ぜず、執行吏の差押にかかることについてなんらの表示もせず、もとより、常時看守せず、異常あるときの報告をも命じなかつた事実が認められる。右認定事実を左右するに足る証拠はない。しからば、釣部執行吏としては、明らかに前叙のような執行吏としてなすべき注意義務を欠いたといわなければならないのである。

(村津執行吏代理の故意、過失の有無)

四 (一) 次に、村津執行吏代理の行為に故意又は過失があつたか否かについて按ずるに、同執行吏代理が故意に原告の本件石炭所有権を侵害したとの事実はこれを認めうる証拠がないし、過失の点についても、本件において提出、援用せられた証拠による限りにおいては、これを認めることが困難である。

(二) かえつて、釣部執行吏が本件石炭を差し押え、訴外田中操にその保管を任せ、同人宅附近に運搬したが同執行吏の差押にかかることを表示していなかつたこと前記認定のとおりであり、さらに、前記当事者間に争いのない事実及び前記認定の諸事実に、成立について争いのない甲第七、第八号証、成立について争いのない乙第四号証によつて成立を認めうる甲第一一号証並びに乙第三号証を綜合すれば、村津執行吏代理は本件石炭を差し押えた際、本件石炭がすでに訴外和田文雄の所有物として釣部執行吏によつて差し押えられた物件であることを知らなかつた事実、釣部執行吏のした執行に対しては原告から所有権者たることを理由に第三者異議の訴が提起され、その執行が一時停止されていることを知らなかつた事実、また、村津執行吏代理の執行における債務者田中操から競売手続の終了に至るまで同人の所有物でないと申し出る等、なんらの異議申立がなかつた事実、同執行吏代理の執行に対し本件石炭の所有権者である原告から第三者異議の訴の提起がなかつた事実が認められ、右認定事実を左右するに足る証拠はないのである。したがつて、村津執行吏代理には原告の本件石炭所有権侵害について故意はなかつたし、注意義務違反の責任を課することもできないと言わざるをえない。

(三) 仮りに原告主張のように釣部執行吏と森執行吏とが同一事務所において執務していたとしても、そのことだけでは森執行吏の代理である村津泰志において釣部執行吏の差押があることを知つていたことにはならないし、二重差押を防止するために両執行吏のする執行を相互に通報しあうべきことは望ましいことであるとしても、その義務があるとするのも適当ではない。また、有体動産差押に当つては現金又は有価証券を差し押えてなお足りない場合に屋外の物に及ぶのが原則であり、執行吏はそのようにして債権者、債務者及び利害関係人の権利を侵害しないようにする注意義務があるとすることも、別に法的根拠があるわけでない。さらに、一一七トンの石炭を目測だけで八〇トンと計量したとしても、故意を推定することはできないし、過失があるともいい難い。村津執行吏代理がした競売期日の短縮も、債権者と債務者の合意があれば民事訴訟法第五七五条に従つて許して差しつかえなく、右合意の存在したことは成立に争いのない乙第二号証及び甲第一一号証によつて認めることができるのである(原審証人田中操の証言中右認定に反する部分は、右各書証に照らすと措信できない。)。また、競売の日時、場所の通知は当該執行事件の債権者、債務者及び執行力ある正本による配当を要求する債権者に通知すれば足りるのであるから、前記四の(二)において認定したとおり右のいずれにも該当しない原告に対し右通知がなかつたとしても、そのことをもつて村津執行吏代理の故意又は過失を認める根拠とすることはできない。同執行吏代理の故意又は過失の存在について原告の主張するところは、すべて採用するに由ないものである。

(被告国の責任)

五 以上認定したところによれば、原告は、釣部執行吏がその職務を行うについて過失があつたことにより、違法に本件石炭所有権を侵害されたというべきであるから、被告国は、よつて生じた原告の損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

もつとも釣部執行吏の過失行為と原告の本件石炭所有権喪失との間には、前叙のような故意も過失もない村津執行吏代理の行為、しかも二重差押という通常生ずべきことでない行為が介在しているのであるが、釣部執行吏の前記認定の過失行為と原告の本件石炭所有権喪失との間には、なお相当因果関係があると解すべきである。なんとなれば、前記三の(四)の認定事実によれば、釣部執行吏は、なすべき注意を欠けば、本件石炭所有権者の権利を侵害する結果を生ずるであろうことを知りえたというべきだからである。

(原告の蒙つた損害の額について)

六 (一) よつて進んで、原告の蒙つた損害の額について判断するに、およそ有体動産所有権喪失による損害の額は、特別な事情の認められない限り、喪失当時におけるそのものの交換価格によるべきであるけれども、本件石炭については、その産地並びに種別については当事者間に争いがないのであるが、交換価格を決定するについて最も大切な要素である本件石炭の品位を認めるに足る証拠がない。

原審並びに当審における原告会社代表者井上末蔵本人尋問の各結果中には、本件石炭のカロリーは五、五〇〇カロリーであるとの供述があるけれども、右供述は鑑定人安部安弘、佐々木実各鑑定の結果と対照するときは、にわかに措信しがたい。しかしながら、成立について争いのない乙第三号証、第五号証に原審証人鈴木新一郎及び田中操の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、通常の状態として、本件石炭は、最少限度トン当り二千五百円では売買されるものであることが認められ、また、右価格は時価不相当の価格であると認めるに足る証拠もないのであるから、原告の蒙つた損害額としてはトン当り二千五百円、一一七トンでは合計二十九万二千五百円と認定する。

(むすび)

七 しかして、原告は、原告の蒙つた損害のうち訴外田中操から損害賠償としてすでに三万百七十九円の支払を受けたと陳述しているが、それは、弁論の全趣旨に照らすと、その限度で原告の蒙つた損害額はすでに補償され減少していると考えられるから、被告は、原告に対し、前記二十九万二千五百円から三万百七十九円を控除した二十六万二千三百二十一円を支払うベき義務があるといわなければならない。

よつて原告の請求は右金額及びこれに対する、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな、昭和二八年六月四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度においてこれを認容することができ、その余の請求はこれを棄却すべきである。しかるに、原判決は被告に対し十万円とこれに対する右期日以降年五分の割合による金員の支払を命じただけであるから、原判決中原告敗訴の部分は前記の範囲においてこれを取り消さなければならない。これに反して、被告の控訴は理由なきものとして棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九六条、第九二条、第八九条、第九四条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 立岡安正 裁判官 岡成人)

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